【論文紹介】Environmental Exposures and Risks During Pregnancy (第2回)

原文リンクはこちら: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38706212/

JMMCでは論文やガイドラインをランダム紹介しています。今回は野外環境、山岳環境における妊娠中の人体が受ける健康影響について書かれた論文“Environmental Exposures and Risks During Pregnancy”をご紹介します。

今回の論文で考えられている野外環境
・極端な高温・低温
・高所
・スキューバダイビング
・落雷
・毒生物による咬傷・刺傷
・節足動物媒介感染症
・日光曝露
・飲料水の浄化
・遠隔地(つまり局地)への旅行
となっています。

こちらの論文かなり長い論文となっていますので、数回にわたってご紹介しております。第2回は妊娠と高所滞在についてお話ししたいと思います。妊娠中の高所影響についてはなかなかトピックとして話されることは少ないかと思っています。では見ていきましょう。

【妊娠と高所滞在における生理的変化】
高所滞在のお話をする前に、妊娠中の循環動態の変化について少し見ていきましょう。

妊娠早期には、分時換気量が妊娠前より最大約48%増加する可能性があるといわれています。そのほかにも、平地では妊娠により次のような循環動態の変化があります。

心拍出量:約40%増加
子宮動脈血流:約60倍増加

妊娠に伴う呼吸生理学的変化には、高所順応と似た部分があります。

妊娠中はプロゲステロンによって呼吸が促進し、
○換気量増加
○一回換気量増加
○PaCO₂低下
○PaO₂上昇

が生じます。

例として、ペルーの標高4.370 mで行われた研究では、妊娠による心拍出量増加は非妊娠者と比較して17%にとどまった一方、平地では妊婦の心拍出量は非妊娠者より41%増加していました。

これらの生理的変化は高所に滞在する場合では適応が弱くなる可能性があると述べられていますが、妊娠と短期間での高所滞在が相互にどのような生理学的影響を及ぼすかについては、まだ十分に解明されていないのが現状です。

【妊娠と高所滞在における妊娠、胎児への影響】
妊娠中に一時的に2,440 m以上へ旅行した人を対象とした研究では、低地にとどまった妊婦と比較して、流産、大部分の産科合併症、NICU入院に明確な差は認められなかったとされています。

では高所居住者のような長期間高所に滞在する場合での妊娠リスクはどうでしょうか。

これについては、短期滞在よりも、長期間高所に居住する妊婦については比較的明確なリスクが報告されています。
○標高が1,000 m上昇するごとに、出生体重が約100 g低下
○高所居住者では妊娠高血圧症および子癇前症の発生率が約3倍高い
○胎児発育不全(IUGR)
○早産
○常位胎盤早期剥離
○前置胎盤
○前期破水
○胎児死亡・新生児死亡

などとの関連が報告されています。

【妊婦は標高何mまで登ってよいのか?】
この辺りが実は一番気になる部分ではないでしょうか。
この点については、各ガイドラインによって推奨レベルに違いがみられています。結論からではありますが、“この標高を超えると妊娠中は危険“という科学的に確立された標高は存在しません。もともとが健康であり、妊娠前から活動的であり、合併症のない妊婦であれば、高所滞在や高所登山はおそらく安全に行えると考えられています。一方で、流産のリスクが高い人、および高血圧、慢性肺疾患や心臓疾患、胎盤機能不全、インスリン抵抗性、貧血を合併した妊娠中の人は、高所滞在は慎重な判断が必要であり、主治医・産科医への相談が推奨されます。

ガイドライン等高所に関する目安
米国産科婦人科学会(ACOG)1,829m(6000 ft)までの身体活動は一般的に許容可能
(妊娠34週の妊婦7名を対象に、海面および6000 ftの標高で最大運動負荷試験および最大心拍出量運動負荷試験を実施した研究)
カナダ2,500m(8202 ft)を超えないことを推奨
英国
ノルウェー
2,500m以上でも4~5日程度の順応期間を設ければ旅行可能
(子宮血流を調節するため)
国際山岳連盟
UIAA
2,500m以上で運動する前に3~4日間の順応、激しい運動前には約2週間の十分な順応が必要。それより高い標高での過度な運動を避けること。
米国疾病管理予防センター
CDC
短期間の高所旅行による胎児障害を示す明確な報告はないが、3,658m(12,000 ft)以上で宿泊しないことを推奨

高地と同様に、航空機での移動も妊婦を低気圧性低酸素状態にさらす可能性があります。民間航空機の機内は、外気圧に換算して1,800~2,500 m(6000~8000 ft)の気圧に保たれており、妊娠中においても安全であるとみなされています。小型の非加圧機やヘリコプターによる飛行では、8000 ft以上を飛行する場合には低酸素症のリスクが高まる可能性があります。

【妊娠中の急性高山病】
妊娠中の急性高山病(AMS)、高所肺水腫(HAPE)、または高所脳浮腫(HACE)の発症に関するデータは存在していません。高山順応に類似した妊娠に伴う生理的変化が、妊婦をAMSの発症から守る可能性がありますが研究成果は確認できていません。

【急性高山病で使用する薬剤と妊娠】
AMSの予防や治療に頻繁に使用されるアセタゾラミドは、動物モデルで報告されている先天性奇形のリスクがあるため、従来、妊娠中の使用は推奨されてきませんでした。しかしながら、高度とは関係のない理由で投与された人を対象とした小規模な症例研究では、催奇形性は確認されていません。12人の妊婦を対象とした症例研究において、頭蓋内高血圧の治療にアセタゾラミドが使用された研究では、胎児への有害作用を示す証拠は認められませんでした。

 HAPE または HACE の場合、妊婦の治療が最優先となる。非妊婦と同様、下山と酸素投与が第一選択の治療法です。母親と胎児の両方にとって、これらの生命を脅かす状態を予防することが最善の推奨事項ですが、HAPE および HACE の治療には、それぞれニフェジピンおよびデキサメタゾンを使用することができます。出生前のステロイド投与を複数回行うと、新生児の出生体重、身長、行動上の問題、頭囲の低下と関連していることが示されています。また、妊娠初期におけるステロイドの使用は、口蓋裂を伴う、あるいは伴わない口唇裂のリスクを高める可能性があるが、妊娠期間全体にわたるコルチコステロイドの使用に関する評価では、早産、低出生体重、または子癇前症のリスク増加を示す十分な証拠は認められませんでした。重度の急性喘息増悪と同様に、酸素投与や標高の低下が遅れたり、利用できない場合には、全身性ステロイドによる根本的な問題の治療のほうがリスクを上回ると考えられています。

今回は妊娠と高所滞在における変化、リスクについて簡単に論文の内容をご紹介させていただきました。
妊娠中の登山についてはそれぞれの病状、妊娠状態によって異なりますので必ずかかりつけ医にご相談ください。


引き続きJMMC 日本山岳医療協議会では山岳医療、野外医療の関わるガイドラインや論文を紹介してまいります!
(原則、毎週金曜日更新)

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この記事を書いた人

日本山岳医療協議会JMMC代表

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